日常生活をより良くするために
ここでは、人体のなかでも日頃から鍛えておきたい主要な筋群をご紹介します。
トレーニング経験のある方は、大胸筋や広背筋、大腿四頭筋など、よく耳にする筋がいくつかあるものと思います。
これらは一般に「大筋群」とよばれており、身体構造のなかでも、単にサイズの観点から大きな割合を占める筋であったり、他の筋と比較して、とりわけ大きな力を発揮するものであったりすることを理由に、鍛えるべき筋群として注目されます。
大きな力を発揮してくれる筋ということは、それだけ身体を動かすことにおいて重要な筋であろうことは想像に難くないですし、実際にその通りなので、このような考え方も決して間違ってはいません。
ただ、本当に大事にしてほしいことは、何を目的として筋力増強トレーニング(以下、筋トレ)をするのかという視点です。
目的次第で、鍛えるべき筋が異なることは言うまでもありません。
この点は他の記事でも繰り返し述べることになると思いますが、実践する運動内容は、各々の目的に応じて最適化されるべきなのです。
では、ここではどのような目的を前提にするのかというと、「より健康的な生活を実現すること」とさせていただきます。
と言うのも、一般に「いざ運動しよう」とフィットネスクラブに通うようになる理由の多くが、健康と関連しているためです。そりゃそうだろうと思われるでしょうけれども。
この点については、日本フィットネス産業協会が行った調査があり、2016年に結果を公表しています。
その調査によると、フィットネスクラブ利用者が入会するときに期待していることの上位5項目は、以下の通りです。
- 運動不足解消・運動機会確保
- 健康維持・増進
- 筋力アップ・体力維持改善
- ダイエット・体型維持改善
- 気晴らし・ストレス解消
5については精神的健康になりますが、それ以外の1から4は全て身体的健康が関係します。
ただ、この調査の内容について、残念ながら参考にした文献1)には統計的な詳細が記載されていません。また情報が得られることがあれば、提示したいと思います。
ひとまず、より健康的になるということが、多くの方に共通するテーマであることは分かりました。
では、これを達成するためには、どこの筋を鍛えればよいのでしょうか。この点を深掘りしていこうと思います。
健康的な生活に関与する筋とは
というわけで早速ご紹介していきたいのですが、その前に、健康的な生活に関与する筋というものを考察していきましょう。
「お腹の筋肉が大事だから、とりあえず腹筋運動をやりましょう」程度の考えでは根拠に乏しく、本当に効果的なことを行っているのか分かりません。
皆さんにしっかりと意味のあるトレーニングを行っていただくために、もう少し話を聞いてください。それほど長くありませんので。
まずは、健康のための筋トレのあり方について確認してみましょう。
運動処方の取りまとめにおいて、世界で最も信頼されている組織のひとつである米スポーツ医学会(ACSM)によれば、健康目的のレジスタンストレーニング(つまり筋トレ)は、①日常生活がより楽に行えるようになること、②慢性疾患を治療・予防することにあるとしています2)。
②については、ある種の運動を行うことであらゆる慢性疾患罹患率を低減できることが明らかになっているのですが、この点は別記事にてご紹介します。
いずれにしても、健康のための筋トレとは日常生活の改善にあるということです。
日常生活の改善とは、言い換えれば生活の質(QOL:Quality of Life)の改善です。
では、QOLに影響する筋とは、どのようなものが考えられるでしょうか。
厚生労働省が制作管理している情報提供サイト『e-ヘルスネット』の記事によれば、QOLに大きく影響する筋とは、「立つ」、「姿勢を維持する」、「歩く」といった日常動作の基盤となる筋であるとしています3)。
さて、両者の見解をまとめることで、一定の答えを得られました。
これらの日常動作に関与する筋群こそ、今回のテーマにおける「鍛えるべき筋群」と考えて良いでしょう。
それぞれの動作に関与する筋
ここからが本題です。
まずは、上記した各日常動作に関与する筋を参考文献4,5)をもとにピックアップしていきます。
立つ(座る)
- 脊柱起立筋
- 大殿筋
- 腸腰筋
- ハムストリングス(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)
- 大腿四頭筋(大腿直筋、中間広筋、外側広筋、内側広筋)
- 前脛骨筋
- 下腿三頭筋(腓腹筋、ヒラメ筋)
姿勢維持(抗重力筋とされるもの)
- ヒラメ筋
- 脊柱起立筋
- 母趾外転筋
- 腓腹筋
- 頭半棘筋
- 咬筋
- 腹筋群(腹直筋、外腹斜筋、内腹斜筋、腹横筋)
- 大腿四頭筋
- 中殿筋
抗重力筋のなかでも、主要姿勢筋とされるもの
- 頚部筋(参考文献まま記載。頚部筋群と捉えてください)
- 脊柱起立筋
- 大腿二頭筋
- ヒラメ筋
歩行
- 脊柱起立筋
- 腸腰筋(腸骨筋、大腰筋、小腰筋)
- 大腿四頭筋
- ハムストリングス
- 下腿三頭筋
- 前脛骨筋
- 股関節内転筋群(恥骨筋、短内転筋、長内転筋、大内転筋、薄筋)
ひと通り羅列してみましたが、馴染みのない方には疲れてしまう量だと思いますので、もっとシンプルにまとめたいところです。
異なる動作でも、いくつか同じ筋が関与していることがお分かりいただけると思いますし、姿勢維持については主要姿勢筋に限定してよいでしょう。
以上を踏まえて、以下が今回の結論です。
より健康的な生活を実現するために鍛えるべき筋群
- 頚部筋群
- 脊柱起立筋
- 腹筋群
- 腸腰筋
- 大殿筋
- 中殿筋
- 大腿四頭筋
- 股関節内転筋群
- ハムストリングス
- 下腿三頭筋
- 前脛骨筋
< 前面の筋 >
< 後面の筋 >
最後に
以上にご紹介したものが、日頃から鍛えておきたい主要な筋群です。
ただし、日常生活で行われる動作は、立つ・姿勢を維持する・歩くだけではないことは言うまでもありません。
リハビリテーションの世界では患者様の日常生活活動(ADL:Activities of Daily Living)の状態を重要視し、評価を行います。その評価項目として、食事、移乗、整容、トイレ動作、入浴、移動、階段昇降、更衣、排便・排尿などが代表的です。
今回取り上げた、立つ・姿勢を維持する・歩くというのは、この評価項目のなかでも主に移動に該当する能力です。今回ご紹介した筋群のみでは、日常生活のすべてをカバーすることはできません。
このような点において、上記した筋群のみでは幾何かの限界があるのですが、「より健康的になる」という今回のテーマには大きく貢献してくれる筋群であることに間違いはありません。
筋トレに取り組む際には、ぜひ上記の筋群をベースとして、あらゆる筋の強化に取り組んでいただければと思います。
また、これらの筋の具体的なトレーニング方法ですが、別記事にてご紹介しようと思います。
遅筆で申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。
それでは、今回も皆様がより健康的な生活を実現するための一助になりましたら幸いです。
参考文献
1)一般社団法人日本フィットネス産業協会:フィットネスクラブマネジメント 公式テキスト インターミディエイト《中級》,一般社団法人日本フィットネス産業協会,東京,2017,197
2)American College of Sports Medicine編集,日本体力医学会科学編集委員会監訳:運動処方の指針-運動負荷試験と運動プログラム-(原著第8版),南江堂,東京,2011,173
3)e-ヘルスネット(厚生労働省):「QOLの維持・向上に大切な筋肉は?」,https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/exercise/s-04-002.html,(2023-10-8閲覧)
4)中村隆一,斎藤宏,長崎浩:基礎運動学 第6版,医歯薬出版,東京,2003
5)小柳磨毅,西村敦,山下協子,大西秀明:PT・OTのための運動学テキスト,金原出版,東京,2015
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