いつまでも自分らしく考えて活動する
介護予防シリーズ第2回です。
今回は、運動による認知症(認知機能低下)予防についてお伝えします。
一口に予防といっても、そもそも認知症に至らないための取り組み(一次予防)と、認知症症状の改善あるいは進行を遅らせるための取り組み(二次予防)とがあります。
運動で認知症の一次予防あるいは二次予防が可能であるのか、またどのような運動タイプが効果的であるのかを確認していきます。
先にひとつ前置きをしておきますと、ここで取り上げる認知症とは、広義的には認知機能障害ということになるのですが、狭義的には主にアルツハイマー型認知症(AD)を対象としたお話であるとご理解ください。
これは、認知症にもいくつか種類があるのですが、なかでもADが全体の6割以上を占めているからです1)。加えて、最も多い認知症の病態ゆえに、一般的にイメージされる認知症像がADであるからでもあります。
※ 本稿で参考にしている文献についても、多くがADを対象に検討しているものです
話を戻して、早速、結論から申し上げましょう。
あらゆる運動は、認知症または軽度認知障害(MCI)を予防するために有効であると考えられます。
一方、既に認知症あるいはMCIである場合、症状の進行予防や軽減のために運動が効果的であると考えられますが、根拠には乏しいといった具合です。
さて、以上について詳細を確認していきます。
問題は、具体的にどのような運動をすればよいのか? といったところでしょう。
この点を、いくつかの研究をもとに解説していきたいと思います。
目次
- 世界保健機関(WHO)の見解
- 最新の知見を踏まえて(2023年8月現在)
- 最後に
- 参考文献
世界保健機関(WHO)の見解
2019年、WHOが認知症に関するガイドラインを公表しました。
こちらを厚生労働省が邦訳しており(https://www.jri.co.jp/file/column/opinion/detail/20200410_theme_t22.pdf)、その一部をご紹介します。
身体活動は、認知機能正常の成人に対して認知機能低下のリスクを低減するために推奨される。 エビデンスの質:中 推奨の強さ:強い
身体活動は、軽度認知障害の成人に対して認知機能低下のリスクを低減するために推奨しても良い。 エビデンスの質:低い 推奨の強さ:条件による
そもそもエビデンスの質とは? という話から始めましょう。
エビデンス(科学的根拠)の質とは、すなわち情報の信頼性です。これには研究の方法、研究の数、研究の対象者数や対象者の属性などが関わります。
ここでお伝えしたいことは研究手法についてではないため、詳細は割愛します。
確かな手法で行われた研究が多数積み重なっていけば、情報の精度が高まり、信頼できるものになっていきます。科学における信頼性とは、このようにして担保されるわけです。
なお、WHOのガイドラインでは、介入研究によって得られた知見をエビデンスレベルが高いものとしています。詳細はガイドラインに記載されているのでそちらをご確認いただきたいのですが、認知症ほか健康面に関わる研究においては、倫理的な問題などもあって、すべての検討で介入研究をすることは困難です。そのため、どうしても十分な研究成果が得られにくく、エビデンスレベルは小から中程度に止まりやすくなります。
このような背景があることを念頭に置いて考えてくださると幸いです。
以上を踏まえて、認知機能正常な成人に対するエビデンスの質:中とは、「データは蓄積されつつあるが、あともう一歩」くらいのニュアンスでしょう。
それにもかかわらず、認知機能正常な成人に対しては身体活動を強く推奨している点には、疑問を持たれる方もおられるかもしれません。
これについては、WHOはエビデンスの質が低い場合でも、推奨することが一般的に有益であって、害が少ないことが確実であれば推奨度を上げるという背景があります。
つまり、認知機能正常な成人に対する運動についてWHOの見解をまとめると次のようになります。
運動は認知機能面に有効である可能性が高く、それ以外のあらゆる点においても有益であるため、積極的に取り組むことが推奨される
一方、軽度認知障害の成人についてはというと、エビデンスの質については「有効性は示唆されるものの、まだ不十分」といったところです。
推奨度については、些か曖昧ですね。認知機能面のみならず、運動をすることで日常生活の改善が期待できる場合や、既往歴などを考慮してメリットとデメリットを天秤にかけた結果、運動した方が良いだろうと判断される場合は、運動が推奨されるといった具合でしょうか。
したがって、軽度認知障害の成人に対する運動についてWHOの見解をまとめると、以下のようになるでしょう。
運動は認知機能面に有益かもしれないが、メリットとデメリットを十分に見極めて取り組むこと
こちらについては、とりわけ主治医に意見を仰ぐことが重要になりそうですね。
さて、以上がWHOの大まかな見解です。
WHOは、認知症のリスク低減のために、原則として運動を推奨するスタンスであることがお分かりいただけたと思います。
また、このガイドラインには認知症リスク低減に向けて推奨される運動量も明記されていますので、そちらもご紹介します。
- 週あたり 150 分の中強度有酸素運動、週あたり 75 分の高強度有酸素動、または、同等の中から高強度の運動を組み合わせた身体活動を行うこと
- 有酸素運動は 1 回につき、少なくとも 10 分以上続けること
- さらなる健康効果のため、中強度有酸素運動を週 300 分に増やすこと。または週 150 分の身体活動を高強度の有酸素運動にすること。または、同等の中から高強度の身体活動を組み合わせて行うこと
- この年齢群(65歳以上)に属する高齢者で運動制限を設ける場合には、バランス能力を向上させ転倒を防ぐための身体活動を週 3 日以上行うこと
- 筋力トレーニングは週 2 回以上、主要な筋肉群を使うトレーニングをすること
- 健康状態によって、高齢者がこれらの推奨する身体活動を実施できない場合は、身体能力や健康状態の許容範囲で可能な限り活動的でいること
ちょっと長いですね。簡単にまとめてみましょう。
- 有酸素運動は、1週間あたり中強度で150分から300分か、高強度で75分から150分
- 筋トレは主要な筋群をターゲットに週2回
- 必要に応じて週3日以上のバランス訓練
このようになります。
有酸素運動の強度の基準や主要な筋群については、別記事にて解説しようと思います。
さて、読者の皆様は、この数字を見てどう思われるでしょうか。
筆者としては、「言うは易し」といった感想です。
中強度有酸素運動だけでも1回30分を週5回のペースですから、これを達成しておられる方は限られるのではないかと思います。
実際、厚生労働省の調査2)によると、令和元年の統計で1回30分以上の運動を週2回以上実施し、1年以上継続している人は、男性33.4%、女性25.1%です(20歳以上が対象)。
この調査では1週間あたりの合計運動時間は分かりませんが、計150分以上実施している人数となると、もっと少ないでしょう。
ちなみに、上記の運動内容は65歳以上の成人を対象としたものなのですが、筆者としては、全ての成人が同等の運動量を目指してほしいと思います(既往歴等の関係で例外はありますが)。
こちらについても別の機会にお話することにします。
最新の知見を踏まえて(2023年8月現在)
さて、ここまでWHOが公表している認知症ガイドラインの概要をご紹介しました。
認知症リスク低減のために、世界的に運動が推奨されていることをご理解いただけたでしょうか。
冒頭にも述べたように、このガイドラインは2019年に公表されたものです。その後も世界各国で日々研究が行われ、情報はアップデートされています。
そこで、2023年8月現在において、認知症予防あるいは進行予防に有効であると考えられる運動方法について考えてみましょう。ガイドラインが公表された2019年以降も、メタアナリシス(いくつかある分析手法のなかで、最も信頼性の高いもの)や、メタアナリシスを含めた複数の論文を概説した総説論文など、複数の研究を確認できます。
それらの最新情報も含めて検討してみた結果、基本的にはWHOのガイドラインに沿った運動でよいだろうというのが結論です。
近年の研究ではこれまでの認識を覆すようなビックリ情報は登場せず、WHOのガイドラインが公表しているエビデンスの質を補強する情報が蓄積された印象です。
なかには、認知症またはMCIであっても、有酸素運動やレジスタンスエクササイズ(いわゆる筋トレ)などの運動が、その進行を遅らせる可能性があるという報告もあります3,4)。これは多くの方を勇気づけるものではないでしょうか。
更には、なんと有酸素運動よりも筋トレのほうが認知症患者の認知機能低下を遅らせるのに有効である可能性が高いとも報告されています5)。近年では、認知機能面においても筋トレの注目度が増してきているようです。
ただし、筋トレがどのようにして認知機能に寄与しているのかは、今のところはっきりしていません。この点は今後の研究が待たれます。
総括してみると、認知症および認知機能低下の一次予防としては、WHOのガイドラインをベースとして運動に取り組むことが推奨されます。そして二次予防としては、WHOのガイドラインをベースとしつつ、やや筋トレに比重を置いてみても良いかもしれません。
以上が、現状考えられる認知症リスク低減のために有益な運動タイプです。
ところで、「この方法で運動をすれば明日には万事解決!」とはいかないことは、皆さんお察しの通りです。
ダイエット等と同じように、こういったものは往々にして、効果が現れるまで一定の時間を要するものです。効果が現れ始めるまでの目安が分かっていれば、運動へのモチベーションも維持しやすいですよね。ゴールの見えないマラソンほど苦しいものはないでしょう。
この点については、2014年のやや古い研究にはなりますが、どうやら運動によって認知機能に変化を認めるまで、短くても6か月は見込んでおいたほうが良さそうです6)。当然、長く取り組むに越したことはありません。ある程度長い目で見て、焦ることなく取り組みましょう。
最後に
以上、認知症リスク低減のための運動の有益性についてまとめていきました。
運動が認知症の一次予防にも二次予防にも有益である可能性が高いことは、ご理解いただけたでしょうか。
上述の通り、基本的な方針はWHOが提唱している運動を実践することです。
ただし、これまでに運動習慣のない方が急に取り組むには、この運動量は些か多いと思われます。
まずは無理のない運動量・運動強度で始めて、少しずつ量と強度を上げていくようにしてください。挫折してしまっては元も子もありません。
また、運動を始める年齢は、いくつであっても遅いということはありません。
まずは思い立った時に即行動。なるべく早めに運動習慣を身に着けて頂けたらと思います。もちろん、必要に応じて主治医の意見を仰ぐようにしてください。
特に二次予防としての運動については、認知症患者のご家族が、認知症患者に運動をするように働きかけるような構図が考えられます。このような場合は主治医の意見が尚更重要ですし、専門家の運動指導が必須です。近隣の専門施設を探してみてください。
以上で今回の記事を終わります。
不明な点があれば、コメントやお問い合わせフォームからお願いします。
専門の先生方におかれましては、誤った情報等ありましたらご指摘いただけますと幸いです。
参考文献
1)厚生労働省老健局:認知症施策の総合的な推進について(参考資料),https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000519620.pdf,令和元年6月20日
2)厚生労働省:令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要,https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf,令和2年10月27日公表
3)Shiyan Zhang , Kai Zhen , Qing Su , Yiyan Chen , Yuanyuan Lv , Laikang Yu: The Effect of Aerobic Exercise on Cognitive Function in People with Alzheimer’s Disease: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials, Int J Environ Res Public Health. 2022 Dec; 19(23): 15700.
4)Adrian De la Rosa,Gloria Olaso-Gonzalez,Coralie Arc-Chagnaud,Fernando Millan,Andrea Salvador-Pascual, Consolacion García-Lucerga,Cristina Blasco-Lafarga,Esther Garcia-Dominguez,Aitor Carretero,Angela G. Correas,Jose Viña,and Mari Carmen Gomez-Cabrera: Physical exercise in the prevention and treatment of Alzheimer’s disease, J Sport Health Sci. 2020 Sep; 9(5): 394–404.
5)Xiuxiu Huang , Xiaoyan Zhao , Bei Li , Ying Cai , Shifang Zhang , Qiaoqin Wan , Fang Yu: Comparative efficacy of various exercise interventions on cognitive function in patients with mild cognitive impairment or dementia: A systematic review and network meta-analysis, J Sport Health Sci . 2022 Mar;11(2):212-223.
6)Neva J Kirk-Sanchez , Ellen L McGough: Physical exercise and cognitive performance in the elderly: current perspectives, Clin Interv Aging. 2014; 9: 51–62.
コメント